ネズミとミミズク(3)

怪異都市が始まった翌年の6月、鼠さんとビデオ通話的なものをすることになりました。

それまでにも自分はあくまでひとりの絵描きとして、何回かライブを配信していたことがあって、鼠さんがその文化(手法?)に興味を持ってくれたおかげの機会だったと思います。

当日はそれはそれは緊張しました。

鼠さんの声がどんなか、うまく話せるか、何を話すか…落ち着かなくて画面の前でひたすらそわそわしていました。

当の鼠さんはというと「漏らしても大丈夫なようにオムツ買ってくる」みたいなことを呟いていて、通常運転具合に笑ってしまいました。

とうとうコラボ配信が始まって、改めて自己紹介をして、

鼠神(あえて当時の呼び名)の声が思いの外ハスキーでかっこいいなと思ったのを覚えています。しょっちゅう咳をしてたので、タバコ吸ってるんだなぁと思いました。

その時使用したアプリは音質がいい代わりに30分ずつしか配信できず、緊張しまくっていた自分は呪わしいことに記念すべき1回目の配信を消してしまいました…今思い返しても腹が立ちます。

とにかく、鼠神とはいろんなことを話しました。

怪異都市のこと、動物虐待や戦争のこと、鼠神のタバコの本数などなど。

ライブは今でも残してありますが、自分の声が気持ち悪いので聴くのが恥ずかしいです。

深い話を沢山して、鼠神の絵の素晴らしさなどを語っているうちに感極まって泣いてしまいましたが、鼠神も一緒になって泣いてくれました。

配信が終わる頃には目が腫れて開き辛かったです。

ちゃっかりと次回の約束も取りつけ、完全に浮かれて、学校に行っている間もずっと鼠神のことを考えていました。

配信を何回も聴き返し、ニヤニヤして、鼠神が投稿したら飛び上がって喜んで。

今思い返してみても、ひとりのフォロワーさんに対する想いにしてはあまりに熱が入っていました。

「いや、ただの憧れだ。素敵なひとと素敵な創作ができて舞い上がっているからだ」

と、自分は大きすぎる感情に気づかないふりをしていました。

100につき5

物心ついたころから、この国では、100円につき5円が上乗せされるというのが商業のルールだった。

その前は3円だったらしい。

ショウヒゼイというそのルールは、この国を豊かに立ちいかせるための投資のようなものだった、けど、生きるに必死な一般市民にはどうでもいい事情だ。

「ショウヒゼイ8%になるらしいで」

ある時そんな話を聞いた。

へー。100円につき8円か。

若い自分にはそれくらいにしか感じられなかった。

気づけば100につき8の時代が訪れたけど、町外れの自販機はポツポツと時代から取り残されていた。

「坂の上の自販機まだ105円やから買いに行こうぜ」

兄貴が遊び半分にそう言って、買った105円の水は、タイムスリップしてきたようでおかしかった。

学校に行く途中の自販機も長いこと取り残されていたので、黒ピカの車が未練がましく前に止まっていたりした。

町外れの自販機も現代に追いついたころ、100につき10の時代が訪れるらしい。

たかが2%。されど2%。

その差がどれほど自分たちに影響を与えるのかは分からないが、時代に取り残された自販機の哀愁を、愛おしく感じられる人が沢山いるといいなと思う。

足のない幽霊

ある日の昼下がり。

教室で、古典教諭きょうゆが、どうして日本の幽霊には足がないのかと尋ねた。

確か、有名な画家の絵が発端ではなかったか、と記憶を辿ったが、教師が尋ねているのはもっと伝承的なものかもしれないと思って、黙っていた。

男子生徒が口を開いた。

「絵、 じゃなかったですっけ」

曰く、ある画家が、夢に現れた亡き妻を描き留めようとしたところ、足を描き終わる前に消えてしまった、と。

「逆にその話を知らんかったわ」

ハズレらしい。

その後、教師が語ったのは、ある画家が描いた足のない幽霊の絵が人気になり、以来、幽霊画に足を描かないのが普通になったという話だった。

応挙おうきょ でしたっけ」

やっと思い出した名前を出すと、やはり円山応挙まるやま おうきょの話のようだ。

しかし、先の話の方が胸に馴染む。

伝承とはこうして生まれるのかと、微笑ましく思った。

私が知る限り、応挙おうきょ の幽霊画になぜ足がないのか、その理由は伝わっていない。

男子生徒が語った話のような理由だったら、面白いだろうに。

ネズミとミミズク(2)

そこからの時間の流れは早いものでした。

(とはいっても、うちよそを持ちかけた後しばらく鼠さんは現れず、一ヶ月ほど経ったあるとき”三人分の"キャラクター設定画を送ってくれたのです。遅筆な自分は一人目のイメージのみ。立ち絵手つかず。鼠さんを大変お待たせしながら、やっと三人描き上げた、というような有様でした…)

最終的にキャラは一人四人ずつ担当することになり、メインキャラは八人の大所帯になりました。

 

自分は創作をするとき、ただキャラクターを配置するのではなく、「その子がいるのがどんな場所で、どんな空気を吸い、どんなものを食べ、何を思っているのか」まで考える方が好きな性質なのですが、鼠さんは、そんなややこしい自分の創作指向にピッタリ寄り添うような作品をたくさん見せてくれたのです。

街並みや、メインではないいわゆるモブ怪異たち、各キャラの関係性と相手への感情。

鼠さんはお仕事の時間が夜で、自分とは真逆の生活リズムだったので、満足に情報交流ができていたわけでもなかったこの時期、言葉に頼るだけではなく、「絵」というものの良さを最大限活用し、お互いのイメージを読み取り、咀嚼し、新たに生まれたイメージを相手に返すという創作の応酬は、少年漫画に引けを取らないくらいの情熱に満ちていました。

ネズミとミミズク(1)

鼠さんとの思い出。自分用メモです。

 

鼠さんと出会ったのは2017年の秋頃でした。

青い鳥マークのSNSで、絵を一目見てなんとなく気になって、その後、一ページの漫画をきっかけに思い切ってコメントしたのが始まりです。

作品の指向的に、強いこだわりと情熱を感じたけど、根強いファンでもないかぎり理解されづらそうだし、どことなく滲む儚さが危うげで、「今伝えないと消えそうで怖い」と感じました。

自分以外にこの人の熱烈なファンがいるならそれでいい。自分もその内の一人になろう。

と、自分としては珍しい覚悟を込めたコメントへの、例の方からの返信は思いのほかフレンドリーで、褒められ慣れてなさそうなのが意外といいますか、印象的でした。

 

それから、鼠さんは少ない浮上時間をほぼ自分とのリプライ会話に割いてくれ、「いいのかな?」と思う内にも交流はトントン拍子に進みました。

しばらくして、創作キャラ同士を同じ世界観で動かして遊ぶ、「うちよそ」を鼠さんが話題にあげているのを見つけ、チャンスとばかりに「うちよそやりませんか」と声をかけました。

快諾をもらって決めた外枠は、

BL、ホラー、(ゾンビとか)怪異・都市伝説が暮らす街、

などの要素。

こうして『怪異都市』がうまれました。

ミルワーム

……前書き……

数年前に書いた短編です。テスト投稿。

少々の暴力描写注意。

ずくの主な活動はTwitterにて→@hamitozuku

(https://twitter.com/mogujinniku/status/1143158048615063554?s=21)

 

 

ミルワーム

 

中二の時、ふと思い立って蟻の飼育動画を見た。

動画の中の男が「生き餌を与えてみよう」と言って、

ミルワームを一匹つまみ上げ、半透明の柔らかな腹にズブリ、と爪を突き立てた。

傷付いたミルワームは非情にも蟻の飼育ケースに落とされ、異変に気づいた蟻どもが群がっていく。

そのまま、息を呑む俺の目の前で、噛みつかれ、引き摺られ、徐々に抵抗する力を失っていくのだ。

「ちょっと弱らせ過ぎたかな」

格闘シーンが見たかったんだけど、という呑気な声が、どこか遠く感じた。

 

それから三年。

高校に入ってチャラい奴らとつるむようになった俺は、それなりに普通に学校生活を送っていた。

「なんか最近つまんねーな」

二年に上がったという実感も沸いてきた頃、遊び仲間のKが言った。

「あいつにちょっかいかけようぜ」

Kが指したのは、クラスの優等生であるTだ。

「やめとけよ、あいつセンコーの気に入りだろ」

目をつけられては厄介だという静止も聞かず、

「喋らないように脅せばいいんだよ」

KはずかずかとTの机に歩み寄った。

ちょっと面かせや、みたいなありがちな呼び出しが聞こえ、

心底面倒臭い展開に、俺はため息をつくしかなかった。

ちょっかいがちょっかいで終わる訳もない。

それはイジメとしてエスカレートしていき、

性懲りもなく反抗するTを、仲間たちは下卑た笑いをあげて苛み続けた。

今日もまた旧校舎のトイレでは、小柄なTに学ランを気崩した男たちが群がる。

入口で見張りをする、と申し出た俺の目の前で繰り広げられる、刺激的な光景。

「やめろ…」

少し高いTの声が耳に届く。

男たちはげらげらと笑いながら、晒されたTの下半身にいやらしく触れる。

羞恥と嫌悪に歪んだTの瞳が揺れ、

両手を縛られた不自由な身体で抵抗しては頬を殴られる。

「……」

その度に膨らむ、俺の劣情。

理不尽に痛めつけられるTに、あのミルワームを重ねる自分がいた。

頬を腫らし、唇を切ってもなお男たちを睨みつける目や、

掴み上げられ引き摺られよろよろになったシャツ、

はだけ、華奢な肩を強調させる黒い学ラン。

触れられ行き場なく揺れる白い脚も、その全てが官能的に映る。

「あっ」

痛みと共に与えられる申し訳程度の快楽に、Tは抗いきれず明らかに初めの頃の威勢を失っている。

と、同時にきっと彼のプライドも獣の本能によって引き裂かれているはずだ。

長い責め苦の末満足した様子の男たちは、

「じゃーな、明日も楽しもうぜ」

「逃げようなんて考えんなよ淫売クン」

思い思いの言葉を投げ、下品に笑いながらトイレを後にする。

後に残されたのは男たちの欲望に汚されたTと、

「……」

そのなまめかしい身体を見下ろし、静かな情欲を滾(たぎ)らせる俺だけ。

 

ああ今この細い肉体から、彼としての命が奪われていく。

 

快楽を得るためだけの、下劣な行為によって、

強い目の光が濁っていく。

 

「君もあいつらと同じなの」

一杯に涙を溜めて、Tは俺を見た。

いいや、と俺は答える。

「俺は哀れなミルワームが死ぬのを待ってるだけの、死神だ」

ミルワームって、生き餌の芋虫…?」

「そう」

理解できない、とでも言いたげなTに近づき、

傷付いた身体に優しく触れる。

強ばる肢体と、熱を持った肌を愛しく思いながら、

「俺は死体まで可愛がってやるから、安心して死ねよ」

怯えるTに残忍な笑顔を向ける。

「ぐ……っ」

どっ、という鈍い音が響いて、腹に拳を受けたTは意識を手放した。

アザの浮きかけた滑らかな腹部に、噛みちぎるほどの力で歯形をつけて、俺は笑う。

「おやすみ、俺のミルワーム

その噛み跡が君を早く殺しますようにと、

願いと呪いを込めて。